「十五夜」「十三夜」にお月見をする理由・「十日夜」って何?お供え物について。

毎年、十五夜に楽しんでいる「お月見」、何気なく月を眺めて風流を楽しんでいました。

ふと「十五夜」ってどんな行事なんだろう?と思い調べてみると「十三夜」とか「十日夜」といった聞きなれない言葉が、そこで「お月見」がどの様な行事なのか? 「十三夜」と「十日夜」とは何なのか?について調べて行きたいと思います。

「十五夜」「十三夜」「十日夜」はいつ?

「十五夜」「十三夜」「十日夜」も、それぞれ旧暦に行います。

  1. 「十五夜」 旧暦の8月15日は、(2020年は10月1日)
  2. 「十三夜」 旧暦の9月13日は、(2020年は10月29日)
  3. 「十日夜」旧暦の10月10日は、(2020年は11月24日)

になります。

いつからあるのか?

月を愛でる慣習は古くは、縄文時代あると言われているそうで、十五夜は平安時代に中国から伝わり貴族社会で楽しまれていました。
この頃は御供え物という風習は無く、ただ月を眺めて楽しんでいたそうです。

ですが、室町時代から満月の日には月を拝み、お供えをする風習が出来て、この頃はまだ庶民には縁が無かったようですが、 江戸時代に庶民の間にも広がっていったそうです。

十五夜

十五夜」とは「中秋の名月」と呼ばれ(旧暦の8月の月)の事です。

中秋」とは、旧暦の秋は(7月:初秋)(8月:中秋)(9月:晩秋)といい、中秋は秋の中日の事なので旧暦の8月15日をさします。

旧暦の8月15日は、新暦では毎年日にちが、異なります。

十五夜の別名

十五夜には、里芋を御供えしていたことから(芋名月)と呼ばれていました。

十三夜

「十三夜」は(後の月)とか(二の月)と呼ばれ旧暦の9月13日で、これは日本で生まれた独自の風習だそうです。

十三夜の別名

大豆や栗などの作物が供えられていて(豆名月)とか(栗名月)とも呼ばれ収穫を祝っていました。

日本にしか無い十三夜、いつから始まったの?

平安時代に(宇多法皇により、この夜が「名月の夜」と定められた)とも(醍醐天皇が始めた)とも言われているそうです。

十日夜

十日夜(三の月)は、お月見の行事ではなく、旧暦の10月10日に行われていた農村の収穫祭で(刈上げ十日)とも呼ばれ、関東から東北にかけて行われていたそうです。
西日本でも「亥の子」といい、収穫を祝う意味でも行われている。

稲刈りが終わり「田の神さまが山に帰る日」とされていて、餅をついてお供えをしたりして、神様に感謝をして祝います。

「亥の子」とは(亥の月は旧暦10月)の最初の亥の日に行われる年中行事です。
田の神様に稲の収穫を感謝し翌年の豊穣を祈って、餅や牡丹餅をお供えされたそうです。

お供え物

「十五夜」「十三夜」「十日夜」も、神様に収穫を感謝の気持ちを込めてお祝いをし、来年の収穫を祈ってお供えをします。

月見団子

平安時代に中国から伝わり、江戸時代に江戸では丸い形に、京阪では里芋の形の月見団子が御供えされる様になりました。

丸い形は満月をイメージして作られました。

団子をピラミッドの様に飾るのは、先端が霊界に通じると言われていたのだそうです。

白い団子は月を表現していて、お供えした月見団子のお下がりを食べることで、月の神様の力を分けて戴くというものです。

月見団子の数は?

  • 十五夜なので15個
  • 十三夜なら13個  
  • その年の満月の数
  • 通常は12個
  • うるう年では13個

です。

関西では十五夜を、今でも芋名月と言われていて、お月見には芋を御供えする風習があり里芋の形をイメージした団子が御供えされる様になりました。
その他にも、地域によっていろいろな形があるそうです。

旬の作物

(十五夜は芋名月)(十三夜は豆名月や栗名月)と呼ばれ、 十五夜(芋名月)では里芋や茄子、十三夜(豆名月)では枝豆や栗など、 その時期に取れた旬の食材をお月様にお供えし来年の豊作を祈ります。

ススキと萩

ススキは、稲穂の代わりで、十五夜の段階では稲穂の収穫にはまだ早いということもあり、稲穂に似ているススキを代用したのです。

ススキには魔除けの力があると言われていたそうで、萩にも邪気を払う力があると言われているそうです。

また、萩は箸の意味もあったようで、宮中では実際に萩の枝で作った箸を使っていたようです。

まとめ

「十五夜と十三夜」両方ともお月見をしないと「片月見」または「片見月」といって縁起が悪いと言うそうです。

江戸時代の遊郭の企業戦略のような気がしますが…。

お月様に団子やススキをお供えして、美味しいものを食べたり飲んだりしながら、綺麗な月を眺めて静かに楽しみたいです。

Posted by kazuhiro